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広島地方裁判所 平成8年(行ウ)14号 判決 1999年3月31日

原告

甲野花子(仮名)

右訴訟代理人弁護士

足立修一

大澤久志

被告

広島県知事 藤田雄山

右指定代理人

長井浩一

内藤裕之

山添導範

高坂恩

進藤悟

日原知己

杉原広高

武藤真郷

森本隆

横山利江

山崎朋子

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告が、原告に対し、平成七年一二月一五日付けでした児童扶養手当受給資格喪失処分を取り消す。

第二  事案の概要等

一  事案の概要

本件は、婚姻によらないで子を懐胎出産した原告が、その血縁上の父から子に対する認知があったことを理由として被告の行った児童扶養手当受給資格喪失処分が違憲・違法な平成一〇年政令第二二四号による改正前の児童扶養手当法施行令一条の二第三号(以下、本件でいう児童扶養手当法施行令は、すべて右改正前のものをいう。)の規定に基づくものであるとして、右処分の取消しを求めた事案である。

二  争いのない事実

1  原告は、婚姻(婚姻の届出をしていないが事実上婚姻関係と同様の事情にある場合(以下、「事実婚」という。)を含む。)によらないで、訴外甲野春子(以下、「本件児童」という。)を懐胎し、平成六年六月一五日に出産し、現在、同人を監護している者である。

2  原告は、被告から、児童扶養手当法による給付を受けていたが、本件児童が、平成七年九月七日、その血縁上の父である訴外乙山太郎から認知を受けたことから、被告は、原告に対して、児童扶養手当法施行令一条の二第三号に該当しなくなったとして、同年一二月一五日付けで、児童扶養手当の受給資格を喪失した旨の認定処分を行った。

3  原告は、被告に対し、前記処分に対する異議申立てを行ったが、被告は、平成八年三月二五日付けで右異議申立てを棄却した。

三  関係法令の内容

1  憲法一四条一項(法の下の平等)

すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

2  児童扶養手当法(以下、「法」という。)

一条(この法律の目的)

この法律は、父と生計を同じくしていない児童が育成される家庭の生活の安定と自立の促進に寄与するため、当該児童について児童扶養手当を支給し、もって児童の福祉の増進を図ることを目的とする。

二条(児童扶養手当の趣旨)

一項児童扶養手当は、児童の心身の健やかな成長に寄与することを趣旨として支給されるものであって、その支給を受けた者は、これをその趣旨に従って用いなければならない。

二項 児童扶養手当の支給は、婚姻関係を解消した父等が児童に対して履行すべき扶養義務の程度又は内容を変更するものではない。

四条(支給要件)

一項 都道府県知事は、次の各号のいずれかに該当する児童の母がその児童を監護するとき、又は母がないか若しくは母が監護をしない場合において、当該児童の母以外の者がその児童を養育する(その児童と同居して、これを監護し、かつ、その生計を維持することをいう。以下同じ。)ときは、その母又はその養育者に対し、児童扶養手当(以下「手当」という。)を支給する。

一号 父母が婚姻を解消した児童

二号 父が死亡した児童

三号 父が政令で定める程度の障害の状態にある児童

四号 父の生死が明らかでない児童

五号 その他前各号に準ずる状態にある児童で政令の定めるもの

二項以下省略

3  児童扶養手当施行令(以下、「施行令」という。)

一条の二 (法第四条第一項第五号の政令で定める児童)

法第四条第一項第五号に規定する政令で定める児童は、次の各号のいずれかに該当する児童とする。

一号 父(母が児童を懐胎した当時婚姻の届出をしていないが、の母と事実上婚姻関係と同様の事情にあった者を含む。以下次号において同じ。)が引き続き一年以上遺棄している児童

二号 父が法令により引き続き一年以上拘禁されている児童

三号 母が婚姻(婚姻の届出をしていないが事実上婚姻関係と同様の事情にある場合を含む。)によらないで懐胎した児童(父から認知された児童を除く。)

四号 前号に該当するかどうかが明らかでない児童

第三  争点

一  本件の争点

1  裁判所は、施行令一条の二第三号の括孤書(「父から認知された場合を除く。」)(以下、「本件括孤書」という。)部分のみを無効と判断することができるか。

2  本件括弧書は、憲法一四条に違反し、無効であるか。

二  争点に対する当事者の主張

1  争点1について

(被告の主張)

(一) 施行令一条の二第三号は、一般的に婚姻外の児童に広く児童扶養手当を支給し、例外的に血縁上の父から認知された児童について支給を制限除外したものではなく、婚姻外の児童でかつ血縁上の父から認知されていない者に児童扶養手当を支給する旨定めた規定である。

このことは、以下の点からも明らかである。

(1) 法四条一項は、児童扶養手当支給の積極要件として支給対象となる児童を定め、同条二項及び三項はその消極要件を定め、法九条ないし一一条は支給制限事由を定めた規定であることは明らかである。かかる法の構造からすれば、法四条一項五号を受けて制定された施行令一条の二第三号も、本件括孤書を含め全体として児童扶養手当の積極要件としての支給対象となる児童を定めた規定と解すべきである。

また、同号が積極要件とともに消極要件をも規定しているとの解釈は、同号が法四条一項五号の委任の範囲を超えた規定であると解することとなるから到底採り得ない。

(2) 施行令一条の二の柱書きにおいても、同条三号においても、消極要件を定めた法四条二項ないし四項のように、「~に該当するときは、支給しない。」、「~であるときは、支給しない。」という規定にはなっていない。

(3) 児童扶養手当法施行規則一一条、様式第九号は、施行令一条の二第三号に相当する事由を「母が婚姻によらないで懐胎した児童で父から認知されていないもの」と規定している。

(4) 立法担当者は、専ら保護対象者を画するものとして施行令一条の二第三号を制定しており、本件括孤書で消極要件を定めるという認識は全くなかった。施行令一条の二の制定趣旨及び経緯は以下のとおりである。

<1> 児童扶養手当制度は、夫と死別した場合に母子へ給付される年金保険としての母子福祉年金を補完し、生別母子世帯にも一定の給付を与えるべく成立したものである。

<2> 当初は、離婚による生別母子世帯を中心とする検討がなされ、父の扶養義務と扶養手当の関係が問題とされた。しかし、現実に扶養義務が履行されるとは限らず、行政がこれを調査するにはプライバシーなど種々の問題が生じるため、類型的に、婚姻の解消により生活環境が悪化するであろうとの制度的な割り切りを行い、法四条一項一号で婚姻の解消を支給要件としたのである。また、法制定に際しては、父が死亡した場合及び父が生存していても生計の中心者となり得ない場合も生活環境が悪化した場合と同視できることから、法四条各号を規定したものである。

<3> 以上は、いずれも父が存する場合に、その父に生じた事情を評価して支給対象とするものであったが、法制定の議論の過程でそもそも「父のない児童」を支給対象とするかどうかが問題となった。「父のない児童」の場合、父に生じた事情により生活環境が悪化するとは考えられないが、政令制定権者は、法四条一項四号の父の生死不明の場合に準じて施行令に含ませることとした。この場合、「父のない児童」の判別基準として、行政の調査などによるプライバシーの問題を回避するため、客観的・画一的に判別し得る認知の有無によることとし、その施行令上の表現が施行令一条の二第三号のようになったものである。

以上のような制定過程や、法四条一項一号ないし四号が法律上及び事実上の父の状態に着目して給付要件を設定していることからすれば、法は、法律上又は事実上の父の状態に着目して、生活状況の悪化があると見られる場合に児童扶養手当を支給するとしているのであって、もともと婚姻外の児童を保護対象者としておらず、これを保護対象者とするか否かを政令制定権者の裁量に委ねたものというべきである。

(二) そうすると、裁判所が本件括孤書のみを無効にすることは、法が「母が婚姻によらないで懐胎した児童で父から認知されていないもの」を監護する母に児童扶養手当を支給すると定めているに過ぎないのに、「母が婚姻によらないで懐胎した児童で父から認知されたもの」を監護する母にも児童扶養手当を支給するとの規定が存するものとして本件処分の適否を論じることになるが、このように、裁判所において新たな支給要件を創設するような判断を行うことは、政令制定権者の権限を侵すものであり、三権分立の立場から司法の限界を超えるもので許されない。

しかも、万一、血縁上の父に認知された児童を監護する母に児童扶養手当を支給しないことが憲法一四条に違反するとしても、これを是正するためにいかなる支給要件を設定するかは、政令制定権者の技術的、専門的裁量判断に属するものであり、裁判所が第一次的に特定の要件を設定し、それを前提として処分の適否を判断することはその権限を逸脱する。

(原告の主張)

本件括弧書を違憲無効とすることは、新たな支給要件を創設することにはならず、制限規定を解除するものにすぎないのであって、これは、司法権の範囲に属するものである。

そのことは以下の点から明らかである。

(一) 各種の年金併給禁止の場合の制限規定が憲法一四条に反すると解されるときに、当該制限規定を無効と解することが裁判所の権限に属することは明らかであるが、かかる場合でも、裁判所が当該制限規定を違憲無効と判断し、当該制限規定によって支給を拒絶されていたものに支給を認めることは、一種の立法行為に他ならず、本件と異なるものではない。

(二) 施行令一条の二第三号は、

「<1> 母が婚姻(事実婚を含む。)によらないで懐胎した児童

<2>前項の規定に関わらず児童が父から認知された場合には支給しない。」

と規定されていても、その内容は同一であるが、<2>の部分を違憲無効とすることが司法権の範囲内であることは明白である。

(三) 社会保障法規で、A、B、C、D及びEという各範囲の人の中からA及びBのみの支給を規定している場合に、C、D及びEにも支給せよという内容の判決をすることは、司法権の範囲を超える可能性がある。しかし、A及びBという範囲に該当する人の中からさらにa及びbという条件に該当する者のみを支給対象から除外する制限規定を設けた場合に、a及びb部分のみを違憲無効と判断して、支給対象者をA全体ないしB全体にまで拡大することは、C、D及びEに対する支給を認めることとは別次元の問題であり、司法権の範囲に属する問題である。

(四) また、以下の法の制定経緯や法の目的を前提とすれば、本件括孤書を違憲無効と解することは、新たな支給要件の創設ではなく、制限規定を解除するものと解される。すなわち、

(1) 本法の目的は、「父と生計を同じくしない児童」「母子家庭の児童」の保護にあり、従来からの厚生省の公式見解も同旨であるが、婚姻外の児童は明らかに同法が保護を予定している母子家庭の児童に該当するのであり、同法の目的から見る限り、母子家庭である婚姻外の児童に児童扶養手当を支給するのが原則であると解される。

(2) また、本法制定の際、衆参両議院とも、「政府は、本制度の実施にあたっては、その原因のいかんを問わず、父と生計を同じくしないすべての児童を対象として、児童扶養手当を支給するように措置すること。」という附帯決議をしており、政府委員も、かかる附帯決議を十分考えて検討する旨の答弁をしている。

(3) 児童扶養手当法を制定する過程における新聞報道によると、「支給要件に該当する二号の子供はまだ結論が出ていない。」とされており、その後わずか一週間ほどの間に本件括孤書が設けられることが正式に決まっている。このような経緯からすれば、政令制定権者は、法の目的や附帯決議を受けて、婚姻外の児童をすべて支給対象とした上で、いわゆる「二号の子」排除目的の制限規定として本件括弧書を規定したものである。

(4) 本法における児童扶養手当は、児童の父母が婚姻を解消した場合、児童が認知された後に父母が事実婚を解消した場合及び父母が事実婚を解消した後に児童が認知された場合のいずれにも、父は扶養義務を負うにもかかわらず、支給されるものである一方で、児童の父母が事実婚にあり父からの認知がない場合、扶養義務を負う父は存在しないが、児童扶養手当は支給されず、また、児童が母の配偶者に養育されている場合は、当該配偶者は扶養義務を有しないが、児童扶養手当は支給されない。そうすると、法は、母子家庭という父親不在の家庭という事実に着目して、児童扶養手当の支給要件を定めているものであって、その支給と扶養義務を有する父が存在するか否かということとの間には必ずしも関連性を持たせていない。したがって、父と同居していない婚姻外の児童は、その父の認知の有無にかかわらず、父の実質的不在に該当するのは明らかであるから、本件括弧書は、本来支給対象たるべきものを認知により制限しているものである。

(五) 施行令一条の二第三号が本件括弧書を付したことにより、婚姻外の児童について認知の有無で受給要件を画定している。そして、婚姻外の児童は、認知を受けた児童と受けない児童に分かれるのであり、しかもそのうち一方のみを支給対象としているのであるから、他方を支給しないとの消極要件としての内容を含むものである。

2  争点2について

(原告の主張、本件括孤書の違憲性について)

施行令一条の二条第三号は、法四条一項五号を受けて、「母が婚姻(婚姻の届出をしていないが事実上婚姻関係と同様の事情ある場合を含む。)によらないで懐胎した児童(父から認知された場合を除く。)」と規定する。すなわち、本件括孤書を付加することによって、認知を受けた婚姻外の児童に児童扶養手当を支給しないこととしている。しかし、これは、以下のとおり、合理的理由のない差別であり、憲法一四条一項に違反するものである。

(一) 「社会的身分」による差別

原告に対する児童扶養手当が打ち切られたことは、専ら本件児童が婚姻外の児童であって、婚姻関係にある男女の子ではないことに起因するものである。そして、産まれてきた子の立場から見た場合に、生物学上の両親が婚姻関係にあるか否かは、自ら選択することが不可能な事実であり、その出生によって初めて決定される事柄である。

したがって、婚姻外の児童が血縁上の父により認知された場合に児童扶養手当を打ち切るのは、「父母が婚姻(事実婚を含む)を解消した児童」を監護する母に児童扶養手当が支給される場合と比較して差異があることは明らかであって、この差異は、本件児童の立場から見れば、その社会的身分又は経済的地位において差別的な取扱いを受けたことになるものである。

(二) 認知請求権の侵害

父母が離婚した児童の場合には、父から養育費の支払を受けていても、なお、児童扶養手当が支給される一方、婚姻外の児童が認知された場合には、認知した父から現実に十分な養育費の支払を受けているかを問わず、認知した父に対する養育費の請求権が発生したという事実のみにより、児童扶養手当を支給しないものである。

このことは、認知を受けていない婚姻外の児童にとっては、認知を受けた場合に児童扶養手当の受給資格を喪失することから、認知を受けることを抑制し、児童が本来有する認知請求権を侵害する作用を有する。また、父の側からも、資力が乏しいものにとっては、認知することを抑制することになる。

(被告の主張、本件括孤書の合憲性)

(一) 憲法一四条一項と政令制定権者の裁量

(1) 憲法一四条一項は、絶対的な法の下の平等を保障したものではなく、合理的理由のない差別を禁止する趣旨のものであって、各人に存する経済的、社会的その他種々の事実関係上の差異を理由としてその法的取扱いに区別を設けることは、その区別が合理性を有する限り、何ら右規定に違反しないと解するべきである。

そして、立法府の政策的、技術的裁量に基づく判断に委ねられている立法分野についてみると、問題とされる法律の条項が不合理な差別を定めるものとして、憲法一四条一項に違反するか否かの司法審査は、それが立法府の裁量を逸脱するかどうかを基準として判断すべきである。すなわち、立法府が法律を制定するに当たり、その政策的、技術的判断に基づき、各人についての経済的、社会的その他種々の事実関係上の差異又は事柄の性質の差異を理由としてその取扱いに区別を設けることは、それが立法府の裁量の範囲を逸脱するといえるような事情がない限り、合理性を欠くということはできず、憲法一四条一項に違反するものではないというべきである。

(2) これを本件についてみると、児童扶養手当制度は、憲法二五条の規定の趣旨を実現するために設けられた社会保障制度であるから、具体的にどのような児童扶養手当制度を設けるかの選択決定は、立法府の広範な裁量に委ねられている。しかも、生活保護制度が最低限度の生活を保障する救貧制度である(生活保護法一条)のに対して、児童扶養手当制度は、児童の福祉を増進する防貧制度であり(法一条)、社会保障制度全体の中で、まず、生活保護によって最低限度の生活が保障されていることを前提として、さらに、いかなる状況にある者に対して、いかなる施策を講ずるかの政策決定を要するものである。それだけに、最低限度の生活の保障を具体化する以上に、多方面にわたる複雑多様な、かつ高度の専門技術的考察とそれに基づいた政策的判断が必要とされるものであり、国の財政事情を無視することができないことはいうまでもない。

そして、法四条一項五号は、法が本来的に支給対象としている同項一号ないし四号の児童に加えて、政令制定権者が他の類型の児童をも補充的に支給対象として規定することを許容する趣旨の規定であることからすれば、立法府から委任を受けた政令制定権者が、具体的にいかなる類型の児童を支給対象として指定するかについては、政令制定権者の広範な裁量に委ねられているというべきであり、その裁量権の行使に明白な逸脱・濫用があり、著しく合理性を欠く場合に限って憲法一四条に違反すると解すべきである。

(二) 施行令一条の二第三号の合理性

(1) 前記の施行令一条の二第三号の制定趣旨及び経緯(1、被告の主張、(一)、(4))のとおり、法は、父の状態に着目した児童の「生活環境の悪化」を保護範囲を画するメルクマールとして法四条一項一号ないし四号の児童を保護対象者としたが、これらに準ずる状態にある児童で政令で定めるもの(同項五号)をも保護対象者とし、その具体的な範囲の確定を内閣に委ねることとした。

しかし、婚姻外の児童は、当初から父(法律上の父及び事実上の父)の存在しない状況で出生し、母に養育されてきた場合であるから、直ちに父の状態に着目した「生活環境の悪化」があるということはできず、そもそも、内閣が婚姻外の児童を一律に保護の対象外とすることも裁量の範囲内であるところ、国会における法制定の際の附帯決議や議論等を考慮しつつ、その裁量の範囲内で、法が本来予定していた保護の範囲をやや拡張し、婚姻外の児童の一部である「父のない児童」を保護対象者としたものであるから、かかる裁量権の行使が合理性を欠くことはない。

(2) また、婚姻外の児童につき「認知の有無」によって保護対象者を画したことについては、以下の各事情からしても、その合理性を肯定できる。

<1> 婚姻外の児童は、血縁上の父が認知すれば、父による扶養義務が発生し、類型的にこれまでの父からの扶養が期待できない状況から脱却することが考えられ、その意味で「生活環境の好転」があったものと評価できる。したがって、この場合に、認知した父の扶養義務の履行を見守るという観点から、施行令が児童扶養手当を支給しないとしたことには、合理的な理由がある。

<2> 施行令制定時に想定された「父のない児童」は、父による扶養が期待できない類型である法四条一項四号の「父の生死が明らかでない児童」に準ずるものとして保護対象者とされたものである。

ところで、法は、「父の生死が明らかでない児童」の場合、父の生存が明らかになれば、現実にその父と生計を同一にするか否か、その父からの扶養が開始されるか否かといった具体的な事情を一切考慮することなく、父の生存が明らかになったことを児童の「生活環境の好転」と捉えて、類型的に児童扶養手当の受給資格を喪失するという支給要件を設定した。これとの均衡からすると、婚姻外の児童の場合に、父が認知すれば、右のような具体的な事情を一切考慮することなく、類型的に受給資格を喪失するという支給要件を設定することには、合理的な理由がある。

<3> 父母が婚姻を解消した場合に、法四条四項により父の収入を指標として扶養を期待しうるか否かを判断している。換言すると、法は、父の収入を指標として扶養を期待しうるか否かを判断している。これとの均衡を考えると、婚姻外の児童についても、何らかの指標により、父による扶養を期待しうる場合には児童扶養手当を支給しないことができるはずである。その場合、行政が血縁上の父を詮索し、その収入を認定することの困難さとその問題点(プライバシーの問題、費用対効果の問題等)を考慮するならば、扶養する意思の表れとみることができる認知という客観的指標を設定することは、合理的である。

<4> 法律婚が父母の別居等により事実上破綻し、母のみが児童を監護する場合がある。この場合と婚姻外の児童が認知された場合とは、扶養義務を負う父は存在するが、現実には父により監護されないことが多いという点で極めて類似している。文理上、前者の場合に児童扶養手当が支給されないことは明白であり、これとの均衡を考えると、婚姻外の児童が認知された場合に児童扶養手当を支給しないとすることには、合理性がある。

<5> 仮に、婚姻外の児童をすべて無条件に保護の対象にすると、他の類型の児童の場合にはすべて父に生じた状況いかんにより支給要件が設定されているのと均衡を欠くこととなる。

のみならず、児童扶養手当の支給要件の存否を認定する行政側(都道府県知事)にとって当該児童が父母の事実婚により懐胎したのか、婚姻外で懐胎したのかの認定は困難であり、受給資格者からの申請内容に依拠せざるを得ないことが多いところ、法及び施行令は、事実婚が存した場合には、申請者側において、その事情を前提に、法四条一項一号ないし四号、施行令一条の二第一号及び二号の各事由を明らかにすることを期待しているものと解される。しかるに、婚姻外の児童を無条件に保護対象者とすれば、事実婚について法四条一項ないし四項、施行令一条の二第一号及び二号が規定している支給要件は容易に潜脱され、法及び施行令が事実婚で懐胎した児童について、支給対象となる場合を個別に規定した趣旨に反することになる。

<6> さらに、血縁上の父の認知により父が存在するに至り、その扶養を期待し得る婚姻外の児童について、その推移を見守ることとする一方で、現実の扶養がない場合には施行令一条の二第一号の「一年以上遺棄された児童しに該当するとして救済されるという代償的な措置が存することも、血縁上の父により認知された児童を保護対象者としないことの合理性を基礎付けるものとして斟酌し得る。

(原告の反論、裁量権の逸脱・濫用について)

(一) 政令制定権者の裁量権の範囲について

委任立法は、行政の意思決定であり、児童扶養手当法の枠内でのみ支給資格を具体化できるに過ぎず、国会による立法と比較しても民主的性質が弱まると解されることからすれば、委任立法における政令制定権者の裁量権は、法の趣旨・目的や附帯決議の影響を受けるものであり、立法裁量ほど広範なものではないと解すべきである。

(二) 差別の不合理性について

以下の諸事情を総合すれば、本件括弧書の制定により、「父と生計を同じくしていないすべての児童」の中から、一部の児童、すなわち「認知を受けた婚姻外の児童」のみ児童扶養手当の支給対象から除外するのは、何ら合理的理由はなく認知を受けた婚姻外の児童を差別するものであり、政令制定権者の裁量権の範囲を逸脱しているというべきである。

(1) 法一条は、児童扶養手当の目的を「父と生計を同じくしていない児童が育成される家庭の安定と自立の促進に寄与する」こととし、法四条一項一号ないし四号の支給要件は、いずれも児童が父と生計を同じくしない状態(父の実質的不在、母子家庭)にあることに着目したものであるから、同条五項にいう「その他前各号に準ずる状態にある児童で政令で定めるもの」の解釈にあたっても、同様に解すべきところ、本件括孤書は、婚姻外の児童についてのみ、父から認知された場合にその父と生計を同じくするかどうかに関わらず、児童扶養手当の支給を行わないとするものである。

(2) 本件施行令制定の際、衆参両議院とも、「政府は、本制度の実施にあたっては、その原因のいかんを問わず、父と生計を同じくしないすべての児童を対象として、児童扶養手当を支給するように措置すること。」という附帯決議をしているが、本件括孤書は、右附帯決議に反している。

(3) また、被告は、本法の趣旨を、父の状態の変化により生活環境の悪化があった場合を保護対象とするもので、婚姻外の児童が認知された場合、生活環境が好転する旨主張する。

しかし、婚姻外の児童が出生した場合の母子家庭においては、生計費は従来より増大し、母親の就業は困難となり、従前の生活に比して困窮の度合が増大することは明白である。よって、被告の主張する「生活環境の好転」は、いわばマイナスがゼロに戻っただけであり、しかも現実に児童扶養手当に見合う養育費が支払われる保証はない。とすると、認知の有無によって、類型的に生活環境の好転がもたらされるとして児童扶養手当の支給を打ち切るのは、不合理である。

(4) 被告の主張するその他の点についても、認知された婚姻外の児童と父母が婚姻を解消した児童との間の差別についての合理的理由をいうものではなく、右差別の合理性を基礎付けるものではない。

第四  当裁判所の判断

一  争点1について

1  被告は、施行令一条の二第三号の規定につき、裁判所が本件括弧書のみを無効にすることは、法が「母が婚姻によらないで懐胎した児童で父から認知されたもの」を監護する母にも児童扶養手当を支給することを前提として本件処分の適否を論じることになり、裁判所において新たな支給要件を創設するに等しく、司法の限界を超えるもので許されない旨主張するのに対し、原告は、本件括弧書を違憲無効とすることは、制限規定を解除するものにすぎないのであって、司法権の範囲に属する旨主張する。

2  この点、施行令一条の二第三号は、「母が婚姻(婚姻の届出をしていないが事実上婚姻関係と同様の事情にある場合を含む。)によらないで懐胎した児童(父から認知された児童を除く。)」と規定されており、その本文と本件括弧書を目して、「母が婚姻によらないで懐胎した児童で父から認知されないもの」に児童扶養手当を支給する旨定めた不可分一体の積極要件と解するのは、「父から認知された児童を除く。」と括孤書で除外形式をもって定める規定の体裁、文言に照らして考えると条文解釈の限界を超えるものと解され、むしろ積極要件を構成する本文と消極要件を構成する本件括弧書で構成されているものと解するのが素直な解釈であること、実際上の機能も、胎児認知の場合を除けば、認知を受けていない婚姻外の児童を監護することにより児童扶養手当の受給を受けていた母が、その子が認知されたことにより児童扶養手当の受給資格を喪失するという意味において問題とされるのであり、まさに消極要件として機能していることなどからすれば、施行令一条の二第三号は、積極要件を定めた本文と消極要件を定めた本件括弧書から構成されていると解釈すべきである。

したがって、裁判所が本件括孤書を無効と判断することは、それにより消極要件が無効視され、積極要件が残存するのみであるから、新たな積極要件を創設することにはならないし、かかる判断が司法権の範囲を逸脱するものということはできない。

3  これに対し、被告は、法四条一項は、児童扶養手当支給の積極要件として支給対象となる児童を定めており、法四条一項五号を受けて制定された施行令一条の二第三号も全体として積極要件を定めたものと解すべきであり、同号が消極要件をも規定しているとする解釈は、同号が法四条一項五号の委任の範囲を超えた規定であると解することとなるから到底採り得ない旨主張する。

確かに、法四条一項は、児童扶養手当支給の積極要件を定めており、同条二項及び三項のように、すべての積極規定にかかる網羅的な消極規定を定めることは、法四条一項五号の委任の範囲を超える疑いがないわけではない。しかしながら、後述するように、政令制定権者の広範な裁量権に照らせば、政令制定権者が「その他前各号に準ずる状態にある児童」を定めるにあたって、委任の趣旨により相応しい児童を対象とするために、その積極要件の規定に加えて、右積極要件のみにかかる消極要件を設けることは、法四条一項五号の予定するところであるから、その委任の範囲を何ら逸脱するものではないというべきである。

4  また、被告は、立法担当者が専ら保護対象者を画するものとして施行令一条の二第三号を制定したのであり、本件括弧書で消極要件を定めるという認識は全くなかった旨を主張する。

確かに、〔証拠略〕によれば、当時の政令制定における実務担当者は、施行令一条の二第三号を規定するに際し、本件括弧書を含めて保護対象者を画するものとして解していたことが窺われる。しかしながら、かかる当時の政令制定経緯が法規の解釈にあたり何らかの意味を有するとしても、それのみで法規の解釈が決せられるものでないことはいうまでもないのみならず、認知を指標に婚姻外の児童を区分すれば、認知を受けない児童と認知を受けた児童に二分されるのであり、その一方にのみ児童扶養手当を支給するとの政策判断を行うからには、少なくとも、残る他方には、当該政令制定時点においては、児童扶養手当を支給しないという政策判断を含んでいるものということができ、前記認定の政令制定経緯を前提としても、施行令一条の二第三号の本文を積極要件と解し、本件括狐書を消極要件と解することに何ら矛盾するものではないというべきである。

5  被告は、施行令一条の二の柱書き及び同条三号が「支給しない。」という規定にはなっていないことや児童扶養手当法施行規則一一条様式第九号が施行令一条の二第三号に相当する事由を「母が婚姻によらないで懐胎した児童で父から認知されていないもの」と規定していることを主張するが、「支給しない。」と定めるか「除く。」と定めるかの文言上の違いを捉えて、これを解釈上有意な差異と解することは相当でなく、また、施行規則の内容も規則制定当時の規則制定権者の解釈を示したものに過ぎず、いずれも当裁判所の前示判断(前記2)を左右するものではない。

6  以上により、裁判所が施行令一条の二第三号の本件括弧書が憲法一四条に反するか否かを審査することは、何ら司法権の範囲を超えるものではなく、争点1に関する被告の主張は、すべて理由がない。

二  争点2について

1  原告は、婚姻外の児童が血縁上の父により認知された場合に児童扶養手当を打ち切るのは、<1>「父母が婚姻を解消した児童」を監護する母に児童扶養手当が支給される場合と比較して社会的身分又は経済的地位における差別であり、かつ、<2>認知を受けていない婚姻外の児童にとっては、認知を受けた場合に児童扶養手当の受給資格を喪失することから、認知を受けることを抑制し、児童が本来有する認知請求権を侵害する作用を有する点において、婚姻外の児童に対する差別であり、憲法一四条一項に反する違憲、無効なものであることを主張する。

しかしながら、右主張のうち、認知請求権の侵害を根拠とする点については、何を比較の対象としていかなる差別をいうものか明確ではなく、そもそも憲法一四条一項の平等原則とは何ら関連性を有するものではないから、理由がない。なお、児童扶養手当の受給は児童の認知請求権の消長に影響を及ぼすものではないから、事実上、本件括弧書の適用を避けるため、児童扶養手当受給中に認知を受けることが抑制されることがあるとしても、本件括孤書が児童の認知請求権を侵害するとまではいえないというべきである。

したがって、以下、原告の主張<1>について検討する。

2  憲法一四条の合憲性審査基準について

(一) 憲法一四条は、国民に対し法の下の平等を保障した規定であって、この平等の要請は、事柄の性質に即応した合理的な根拠に基づくものでない限り、差別的な取扱いをすることを禁止する趣旨のものである(最高裁判所昭和四八年四月四日大法廷判決・刑集二七巻三号二六五頁等参照)。

そして、憲法二五条の規定の要請にこたえて制定された法令においても、受給者の範囲、支給要件、支給金額等につき何ら合理的理由のない不当な差別的取扱いをしているときは、憲法一四条違反の問題を生じうることは否定し得ないところである(最高裁判所昭和五七年七月七日大法廷判決・民集三六巻七号一二三五頁参照)。

(二) ところで、憲法二五条の規定は、国権の作用に対し、一定の目的を設定しその実現のための積極的な発動を期待するという性質のものであり、しかも、右規定にいう「健康で文化的な最低限度の生活」なるものは、極めて抽象的・相対的な概念であって、その具体的内容は、その時々における文化の発達の程度、経済的・社会的条件、一般的な国民生活の状況等との相関関係において判断決定されるべきものであるとともに、右規定を現実の法令として具体化するに当たっては、国の財政事情を無視することができず、また、多方面にわたる複雑多様な、しかも高度の専門技術的な考察とそれに基づいた政策的判断を必要とするものである。そうすると、憲法二五条の規定の趣旨にこたえて具体的にどのような措置を講ずるのかの選択決定は、法令制定権者の広い裁量に委ねられており、それが著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用と見ざるを得ないような場合を除き、裁判所が審査判断するのに適しない事項であるといわなければならない。

したがって、憲法二五条の規定の要請にこたえて制定された法令において、羞別的取扱いが合理的理由のない不当なものかどうかを判断するにあたっても、その差別的取扱いが著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用と認められるかどうかが検討されなければならないというべきである。

(三) この点につき、原告は、被告の裁量権は、立法趣旨・目的や法制定時の附帯決議の影響を受ける旨主張する。

しかし、法四条一項五号は、政令に対し、「その他前各号に準ずる状態にある児童」の制定を委任するに過ぎず、法は、その目的を達成するために、さらにいかなる児童を支給対象とするか、あるいはしないかの判断を政令制定権者の自由裁量に委ねたものと解するのが相当であるし、附帯決議も、議院における一般的な希望ないし意見を表明した決議にとどまり、これが当然に法律上の拘束力を有するものではなく、これに従って現実にいかなる措置を講ずるかは最終的には政令制定権者の自由裁量に委ねられているというべきであって、いずれも、政令制定権者の裁量権に直ちに影響を与えるものと解することはできず、政令制定権者に広範な裁量権を認めた旨の前示判断を左右するものではない。

3  差別的取扱いの合理性について

(一) 本件では、本件括狐書が原告のような地位にある者に対して児童扶養手当受給資格を喪失させることが、何ら合理的理由のない不当な差別的取扱いといえるか、すなわち、差別的取扱いが著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用と認められるかどうかが問題となるが、憲法二五条の規定の要請にこたえて制定された法令において、政令制定権者が受給者の範囲、支給要件、支給金額等を決するに当たっては、前示の裁量権行使の結果として、特定の二類型間を直接比較した場合に、偶々その取扱いに差異が生じていることもあり得る。

かかる類型間で憲法一四条違反が問題となる場合に、対象とされる類型間のみを比較して差別的取扱いの合理性を判断すべきものと解すると、政令制定権者が新たに支給要件等を創設するに当たっては、他のあらゆる支給要件との間で差別的取扱いやその合理性の検討を強いられることになるのであって、かかる解釈は、前示のとおり政令制定権者に広範な裁量権を認めた趣旨を没却するものといわねばならない。

したがって、かかる類型間で憲法一四条違反が問題となる場合には、対象とされる類型間の比較のみならず、当該法令における他の類型との均衡や他の社会保障制度なども総合的に考慮した上で判断すべきものと解する。

(二) そして、本件括弧書の適用により、原告のように婚姻外の児童が認知された者と婚姻を解消した者との間に児童扶養手当の受給に関して差別を生ずることになるとしても、さきに説示した政令制定権者の広範な裁量権に加えて、被告主張の諸点、とりわけ<1>法は、父の状態に着目した児童の「生活環境の悪化」を保護範囲を画する指標としたものと解することができ、法四条一項五号は、これに準ずる状態にある児童を保護対象者とし、その具体的な範囲の確定を内閣に委ねたものであるところ、婚姻外の児童は、当初から父の存在しない状況で出生し、母に養育されてきた場合であるから、直ちに父の状態に着目した「生活環境の悪化」があるとはいえないこと、<2>認知により、父による扶養義務が新たに発生し、類型的にこれまでの父からの扶養が期待できない状況から脱却するという意味で「生活環境の好転」があったものと評価できること、<3>法四条一項四号の「父の生死が明らかでない児童」の場合、父の生存が明らかになれば、具体的事情を考慮することなく児童扶養手当受給資格を喪失することとの均衡、<4>父母の別居等により法律婚が事実上破綻し、母のみが児童を監護する場合に児童扶養手当が支給されないこととの均衡、<5>婚姻外の児童をすべて無条件に保護の対象にすると、他の類型の児童の場合にはすべて父に生じた状況いかんにより支給要件が設定されているのと比較し、均衡を欠くこととなること、<6>認知による父の現実の扶養がない場合には、施行令一条の二第一号の「一年以上遺棄された児童」に該当するとして救済されるという代償的な措置が存すること、<7>生活保護制度の存在などに照らして総合的に判断すると、前記の差別的取扱いが著しく合理性を欠き明らかに裁量を逸脱し、または濫用したものとまでは認められず、右差別が何ら合理的理由のない不当なものであるとはいえないというべきである。

(三) この点、原告は、父母が婚姻を解消した児童を監護する母と認知された婚姻外の子を監護する母を比較し、前記各事情はその間の差別的取扱いの合理性を根拠付けるものではない旨主張するが、合理性の判断に当たり、当該法令における他の類型との均衡や他の社会保障制度なども総合的に考慮すべきことは前示(一)で説示したとおりであるから、原告の右主張は、採用の限りではない。

その他、原告が主張する事情は、前示(二)の合理性に関する判断を左右するものではない。

4  したがって、原告が本件括孤書について憲法一四条違反を主張する点はいずれも理由がない。

第五  結論

以上により、原告の本訴請求は、理由がないからこれを棄却することし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民訴法六一条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松村雅司 裁判官 金村敏彦 竹添明夫)

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